溢れ出る音の宝石に出会おう! Panorama Steel Orchestraインタビュー!

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 フジロック2日目、朝一番のField of Heavenに総勢30名を超えるスティールパンオーケストラが出演するのを知っていますか? その名もズバリPanorama Steel Orchestra(パノラマ・スティール・オーケストラ、以下PSO)です! Fujirockers.orgでは2日間に渡ってリハーサル、コンサートの一部始終を密着し、さらにPSOのリーダーであり、日本を代表するスティールパン奏者である原田芳宏さんにインタビューをしてきました!

※『スティールパン』、『スティールドラム』、『スチールパン』、『スチールドラム』と色々な呼ばれ名のある楽器名ですが、当インタビューでは『スティールパン』に統一して表記しています。

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 PSOの話をする前に、まずはリーダーである原田さんがスティールパンを始めたきっかけから話を聞いた。

原田 「1980年代にニューヨークのストリートで初めて生スティールパンを体験したのがきっかけですね。当時は今以上にネガティブな要素が多い時代だったのもあって、ストリートミュージシャンにもちょっと寂れた雰囲気みたいのがあったんですよね。そんな中夜中に1人でスティールパンを演奏してるおじさんがいたんですよ。そのおじさんだけには悲愴感が無くて、逆にそこにだけポンッて灯りがともったような楽しい雰囲気があったんです。それ以前にも色々CDやレコードは聴いてましたけど、スティールパンは生で聴くと全然違うんですよ。実際に生で見て素晴らしいなと思って始めましたね」


 楽器を始めた当初から原田さんはスティールパンで自分が何をすべきか見えていたという。日本でひたすら楽器の可能性を追求し、ついには武者修行のためスティールパン発祥の地、トリニダード・トバゴへ旅立つことになる。

原田 「すごい変な話なんですけど、楽器を始める前に自分はスティールパンでどういう風に演奏したいのか、この楽器で何をやるべきかっていうのが全部見えてたんですね。当時は(スティールパンに関して)何も無い時代でしたから、とりあえず自分の思いついたことは全てできるくらいまで追求して、『俺より叩けるやつどこにいるんだ?』くらいの鼻高々になってトリニダードに行ったんですよ」


 単身乗り込んだトリニダード・トバゴ。スティールパン奏者としてどのような印象を受けたのだろうか?

原田 「(現地の人は)小さな頃からやってるから、スティールパン演奏できるとか上手いとかは全然問題になっていないんですよ。その中でさらに突出した個性が無いと認めてもらえないっていうか……。というかスティールパンをやってる人ばかりだから認めてもらおうなんて思ってないんですよね。中には『俺はパンが上手いんだぜ』とかえばってる奴もいるけど、それは草野球の世界で『俺は野球上手いんだぜ』って言ってるくらいのこだわりでしかなくて(笑)」


 スティールパンの武者修行でやってくる日本人などまわりに1人もいない環境の中、現地のオーケストラに参加するなどして練習に励む日々を送ったという。その中で原田さんが日本人としてのアイデンティティーを強く感じる出来事があった。

原田 「トリニダードには僕の師匠で神様みたいなプレーヤーがいるんです。(トリニダードに行く前に)日本でPan Cakeっていうグループでデビューしてたんで、その人にCDを聴いてもらったんです。そしたらすごく評判が良くて、『お前は日本人だから音楽の中のスペースが違う』って言ってもらったんです。端的な言い方をすると黒人になりたがる(日本の)ミュージシャンっているんですよ。でも僕は日本人だから(黒人とは)血が違うし、喋っているリズムも違うし、自分で生きてきた環境があるんですよね。(師匠は)その違いが素晴らしいって言ってくれて。違いを認め合える環境が良いなって思いましたね」


 トリニダード・トバゴでの武者修行の中、原田さんは大きな発見をしたという。その発見とは?

原田 「スティールパンが人と人を繋ぐ道具だということ。これがトリニダードでの一番大きな発見でしたね。スティールパンを通して世代や人種が繋っているんですよ。僕は東京に生まれ育って、どういう音楽が格好良いとか、どんな音源が珍しいとか、そういう美意識みたいなものを持って生きてきたとこがあるんです。もちろんそこに感動もありましたけど。ただ向こうはそうじゃなくて、本当に人と人の生活や人生を繋ぐ道具になっているんです。そこにすごい衝撃を受けました」


 日本に帰国し、原田さんはついにPSOを始動することになる。PSOの結成にはトリニダードでの受けた衝撃が強く影響しているようだ。

原田 「結成は1998~99年くらいかな。最初は5人くらいで練習会をやっていて、それからアマチュアの大きな楽団を作ろうかなって思い始めて……。3人に減った時期もあったんですけど、メンバーの知り合いが参加したりして、今やっと35人くらいです」


 PSOの面白いところはメンバー全員がプロのミュージシャンというわけではなく、それぞれが仕事を持ったアマチュアのミュージシャンであるところだ。どんなメンバーがいるのかを聞いてみた。

原田 「そんなに変わった人はいないかな。まぁ保険屋とかいるけど(笑)。IT系や学校の先生もいるし、子育てで休業中の主婦もいるよ(笑)。あとお客さんを引っぱり込んだことがあって、その人は未経験だったからまだ全然弾けてないんだよ(笑)。でもちゃんとCDに入ってるけどね」


 『スティールパンが人と人を繋ぐ道具になっている』。PSOはこの言葉が具現化したバンドということがひしひしと伝わってくる。技術に関してはプロ奏者からアマチュア奏者まで様々だが、そこはバンド内でうまくバランスが取れているそうだ。

原田 「みんなスティールパンじゃないですか。ベースとかソプラノとかあるけど、みんな同じ楽器なんでとにかく楽しいんですよ。仲間意識も強いし。それでエース級のプレーヤーが何人かいて、その子たちが引っぱっていくんですよね。そこにまだ練習中の子たちがついていこうと頑張る。美しい姿ですよね」


 ではそろそろ本題であるフジロックの話に移ろうと思う。原田さん自身フジロックは初体験だという。

原田 「(フジロックは)初めてですね。すごい申し訳ないんだけど、僕はフジロックにあまり興味が無かったんですよ。出てるアーティストに知り合いはいたりするんですけど、僕自身がジャズやフュージョン系で活動していたこともあって……。こんなこと言っちゃいけないんですけどね(笑)。だから当日もいつも通りやるつもりです。今から慌てても別に違うことできないしね(笑)」


 と、あっさりフジロックの話は終わる(笑)。言い訳をするわけではないが、インタビューが進む中で、原田さんのこの返答はある程度予想していた。フジロックがどうということではなく、音楽そのものに対するビジョンがハッキリしているのだ。『スティールパンが人と人を繋ぐ道具』、この言葉を思い出して欲しい。原田さんは今、スティールパンを、PSOを、そして自分自身を媒介に人と人とを繋ごうとしている。

原田 「冗談ではなく、本当に100人を超える規模のオーケストラにしたいんですよね。PSOはもちろんバンドなんですけど、これを1つの現象にしたいんですよ。今は東京中心の活動なんですけど、色んな街でやりたいんです。普通は見るだけでメンバーになれないじゃないですか。でもそうじゃなくてみんながメンバーになれて、みんなが参加できるっていうようなね。『パノラマが大阪に来るらしい!』『わー!行く行く!』みたいな(笑)。もちろん無料コンサートで、塀の無い屋外が理想ですね。PSOのメンバーにも手伝ってもらって、どんどん幸せを共有できる場にしたい……。夢みたい話かもしれないし、やらなきゃいけないこともいっぱい増えてしまうんですけど、そういうことしたいですね」


 『街をまわるごとにメンバーがいたら素敵ですね』。そう言葉を投げると原田さんは最後に満面の笑みでこんな言葉をくれた。

原田 「そう。最高じゃない?」



 以上、Panorama Steel Orchestraインタビューでした。
 スティールパンの宝石のようにキラキラと輝く音色は一度聴くと忘れることができません。楽器単体での音色の美しさはもちろんのこと、これが30名を越えるオーケストラによって一斉に鳴らされたときの衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあります。そしてこのスティールパンの柔らかな音色に、ドラムやパーカッションのビートが加わったときの躍動感! そこに生まれる感動は生で体験した人にしか分からないはず。当インタビューがフジロッカーズの“音の奇跡体験”のきっかけになれば幸いです。
 また9月にPSOはワンマンライブを行う予定なので、フジロックに来られない方はぜひこちらの方に足を運んでくださいね。



『Panorama Steel Orchestra "LIVE ALIVE"』
2007.09.09 @ 恵比寿 LIQUIDROOM
※その他詳細はオフィシャルページを参照ください。


Panorama Steel Orchestra オフィシャルホームページ
http://www.rdrecords.com/panorama/


Panorama Steel Orchestra My Space
http://www.myspace.com/panoramasteelorchestra


原田芳宏 オフィシャルホームページ
http://home.att.ne.jp/theta/y-h/


Interviewed by Org-funa
Photos by Org-masuyo