
Around The Fest. Vol.6 --ミッシェルガンエレファントのマネージャー、能野哲彦氏--Intro
98年の豊洲でのフジロックの2日目。ライヴにマジックがあるならこういうことではないかという力を感じたのが、ミッシェルガン・エレファントのライヴだった。自分はそのマジックに取り付かれて翌年のアメリカ・ツアーまで追っかけしてしまった。レイジ・アゲンスト・ザ・マシーンを始め、フジロックで日本にいる音楽ファンの状況が変わってしまったバンドはいくつかあるけど、ミッシェルもまた、フジロックによって変わってしまったバンドだと思う。
今回は、そのミッシェルガン・エレファントのマネージャーである能野さんに「マネージャーから見たフジロック」を語ってもらった。それから、誕生から深く関わっているライジング・サン・ロックフェスティバルも語ってもらった。

【物凄く楽しかったです――豊洲】
能野さんは、ライヴではいつもPAのところで観ているとのこと。「会場の中で自分が一番楽しんで観ていますね」という能野さんからは豊洲のステージはどのように映ったのだろうか?
――地面が凄く揺れましたね。野外で地面が揺れるなんて地震以外で経験したこともなかったし、驚きもしたけれど、リハーサルなしで本番が始まってるので音の調整に頭がいっぱいで最初はそれどころではなかった。早く気持ちのいい音とバランスを取るのになんか必死だったような気がする。ある程度しっくりくるようになってからはいつもどおりにいいぞ、いいぞって、もっとこいって楽しんでましたよ。
残念なことに何度か中断もありましたが?
――それは僕らにしてみればどうしようもできないわけですから。PA席からはその状況ははっきり見えなかったし、その状態もその判断がどうかということも。ビデオで見ると危ない状態にあったんだなとは思いましたけど、あそこまでの状況になることは誰も想像してなかったんでしょうね。ちょうどバンド自体も、それを取り巻く環境なんかも、もの凄い勢いで加速して行ってた時期だったし。終わった直後に日高さんと話したことは今でも覚えてますね。
どんなことですか?
――それは内緒にしときます。ただ、その終わってからとじわぁっとくる感じ、何かが残るというか、引っ張られるというか、それはそれまでのライブや野外イベントにはない感じだった。その日もそうだけれど、むしろ時間が少しづつ経てば経つほどに自分の中で何かが変わっていったような感じがありますね。何かね、変わるっていうのも変だけれど、こう強くなっていく感じというのかな。そういういい経験をさせてもらったという意味ではあの時にフジロックに出させてもらったことは感謝してます。
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Intro/Part1/2/3/4
reported by ORG-nob & photo by ORG-nishiyan (July 5, 2002)
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