
Fuji Rockin' People Vol.9 --岡田美和氏--Part1
【前夜祭でみんなが遊んでいる時に、オアシスの照明のデータ入れを夜通しやってま したよ】
ビッグネームのトリとか、トリ前のバンドは、持ち時間長いし、照明は夜だから効くわけじゃないですか。それと彼らがプロジェクションを持って来て映像を流したいなら、フォーカスしたりデータを入れたり、事前にセットアップしてピントを合わせて、スクリーンの位置を決めたり、それに伴って照明のデータを入れたり、そういう作業をえんえん夜は続くんですよ。前夜祭でみんなが遊んでいる時に、初日のオアシスの照明のデータ入れとかを夜通しやってましたよ。その日のショウが終わったら次の日のトリとトリ前の照明のセットをする。大体夜明けが早いんで、6時くらいで見えなくなって打ち切るというような作業です。照明のオペレーターが来ていないグループに関してもライヴですから、こちらで依頼されているグループはそれなりのことをしなきゃいけないので、資料のCDを聴きながら僕らサイドのオペレーターがやるんだけどね。
もしかしたらフィールド・オブ・ヘヴンはそこまでの規模でやってないかもしれないけど、各ステージ何かしら作業をやっている。おととしのケミカルブラザースはスクリーンを持ってきたので、あのスクリーンを事前に1時間のチェンジオーバーで簡単に仕掛けてあげるわけですよ。彼らのスクリーンを出してきたら積み上げられるようにちゃんと床にもセットして置く場所を並べて「ここにはライト」とか「バンドの機材」とかしるしを入れるわけです。そうしないと1時間ではフルセットでグルっと入れかえて、その通りにポンとはできないんで、そういう作業を夜通しやってますよ。前夜祭の夜から3日目のトリが終わってパッケージするまで非常に忙しいです。開催中は適当にローテーション組んで上手く休みますけどね。民宿まで1キロもないけど、帰れそうもないときは面倒くさいんで裏で寝てたりするけどね。
野外のああいうところでやる映像はやっぱ大変なのよ。再現性は悪いし、天気に弱いし。でも、スケール感あるからみんなやりたがるんだけども。ケミカルが来たときに「ウッドストック'99では、スクリーンが一枚でまっすぐだったんだよ」って言ってて「じゃ、ぜひ日本では君たちのプランどおりにスクリーン3枚を吊りたいよね」という話で、彼らは非常に喜んでいましたよ。一枚で吊るのとは、見え方やっぱ違うしね。彼らの理想で作ったショウだからそれを見してあげようって努力して、意外と上手くいきましたよ。毎年そういうことをやっているんですよ。
朝の11時にステージが始まると裏で待機しているって言うか、前の日に来ている機材もあれば、当日来るやつもあって終わったらすぐ積んで成田とかに持っていって海外出さなきゃいけないし、グリーンステージはお客さんの歩くところをトラックが通るんで、それの段取りとか、あるグループによってはプロダクションが一緒に機材を積んでくるんで、グリーンステージには朝10時に降ろすんだけど、午後3時にはどこで降ろしたいとか、それをどこで回収してパッケージしてとか、そういうのを一緒に考えて段取りをしてとかいう作業まであります。
ライヴはちょこっと観るけど、全部は観たことがない。ニール・ヤングは2曲観たかな、アラニスは僕は一曲も観てないな。裏にいるから音は聴こえるけど、そんなときに限ってアラニスがショウをやっているときに、アラニスの楽屋周りのプロダクションのもの――衣装ケース、パソコン、事務機器――をトラックで取りに行って来て降ろすわけ、アラニスのショウが終わって楽器を積むときにはグリーンステージの裏にプロダクションケースや衣装ケースがなきゃいけないわけですよ。彼らクルーはケースをチェックしてOKだったら、トラックに積んで扉を締めてロックして、バス乗って東京まで帰っちゃう。そんなののやり取りがえんえんあるわけですよ。
だから人事より総務じゃないかなあ。仕事中はお酒を飲まないのよ、仕込み中とかはね一日の仕事終わって夜、宿に帰って一杯はあるけど、酒好きなんだけど仕事中はお酒飲まないのね。思考能力は低下するし、酔っ払って疲れてきたら走るのやだしってなってくると、それじゃ全然追いつかない。3日間アーティストが終わって機材積み込んでステージがカラになるじゃない、だんだんお客さんが帰って、ステージがクローズになってっていうところまでが仕事だから、次の日の片付けを何時からしますよというのを決めればそこからやっとフリーになるんですよ。そうすると初めて出店の人たちや寺田さんとか仲間だから、「どう?」なんて言いながらウロウロしつつやっと一杯飲むのかな。そんなのがずっと。フジロックは面白いよ。やっている方も面白い。
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Intro/Part1/2/3/4/5/6
Reported by ORG-nob (Feb 15, 2002)
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